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2026.04.22

マニュアル化した人々

ずーと以前に アップ忘れの記事

ニュースで冬に70代のお年寄りが

老人ホームに帰らなくて1ヶ月後に

凍死して亡くなっているのを見つけた と

遅くに公になった痛ましいニュースがあった

お年寄りが見つかるまで日にちが過ぎているので

どういう経路でこうなったのか定かでないが

ニュース内容では病院で診てもらい帰る時

小銭がないのに気付き介護タクシーを病院窓口で

呼んでもらう手配をお願いしたいというが断られたそうだ 

要介護3で杖が必要な状態でホームまで3キロ

この病院の窓口の話だと500人以上外来患者がおり

対応に限界があるというのである

そのご老人も忙しいのを無理言ってはいけないと

思ったのだろうか 『そうですよね』と杖をついて帰る

病院で病気の治療をしてもらってもその場限りの治療だと

行った意味がなくなるのではないか

多い外来患者に対応できなくなるのも分からなくはないが

だと言って許されることなのだろうか

電話をかけてタクシーを呼ぶ時間がなくても

お昼休憩やトイレに行く時間はあるというのに・・

『 そういうこと言ってたら労働が保障されない 』

と言うことだろうか

病院外の頼みごとなど受け入れていたら

次々と時間の掛かる仕事が増えるということか・・

マニュアル通りの事務的な形だけ通し

融通の利かない行動はいつから始まったのか

人手不足とか高齢者が多くなってきたのも

理由としてあるかもしれないがこう言う事で

亡くなって欲しくない

H2604044

社会に初めて出る人の教育上に企業の合理化を

進める為にそれぞれの会社のマニュアルはできた

手取り足取り教える時間を少しでも軽減して

スムーズに仕事に携われるようにということだ

と思うが 一般的にはこれでは足りない

このマニュアルとするものは基礎のみで

あとは柔軟な考え・行動が即戦力として必要となる

企業の中には方針とするものもあるだろうし

企業ならではの特徴するものもあるはずだ

今回のニュースは

人を助ける  治すことを目的としている病院だ

たくさんの病人を見たいというのは分かるが

困った人に手を差し伸べる少しの時間があれば

この老人は死なないですんだかも知れない

人一人亡くなって初めてこの教訓は生きるのだろうな

H2904105

亡くなって久しい母のことを思い出した

長い闘病生活で面会に行っても

普段の生活のできないもどかしさがあるようだ

病室に入れる荷物は僅かしか置けないので

外の倉庫に日用品の必要な荷物を置いていた

必要のおりに取りに行っていたらしいが

いよいよ  力がなくなってくるとそれが出来ない

私の家から遠い病院で1週間に一度行っていたが

『必要なものを看護婦さんに頼んだら・・』と言うと

『看護婦さんは精一杯やっていてみんな忙しいのよ』と言った

いつも私が来るのを1週間我慢して待っていた

病気になってしまった者は忙しく働いている人に対して

自分のことで手こずらせては申し訳ないと言う気持ちになる

体が病に侵されても  心は思いやりのある母だった

看護婦さんが皆そうだというのではないが

患者は優しい一言で元気にも病が酷くなることもある

納得のいく対応や機転のきく行動があれば

看護婦さんが天使に見えるかも・・・

そういう私が高齢者の域に入った

歳を重ねると見えてくるものがある

元気な若くて働き盛りの時と 今では

感じることも考えることも変わってくる

時代が変わると 人の考えも行動も 無常だ

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